Vol. 3「風の吹く場所で」
坂道を登ると丘の上に古びた一軒家がポツンと建っていた。
そこは釣り人がよく利用する民宿で、
地元のオバアが営んでいるという。
宿の周囲は木々が雑然と生い茂り、
雑草も伸ばし放題で荒れており、
キチンと管理しているとは到底思えなかった。
玄関のドアを叩くと気さくなオバアが出てきた。
ここにやって来た経緯を説明すると、
すぐに理解して見学させてくれた。
何でも一 緒に経営していた夫に先立たれ、
自分も老いてきたので土地を手放したいのだと言う。
管理も十分には出来ないのだろう。
宿の先に細長い階段があって海へと続いていた。
ビーチまで降てみると小さな桟橋を見つけた。
僕はその先まで歩いていき、
眼前に広がる羽地内海の景色をしばらく見つめた。
穏やかな海にのんびりと浮かぶ小さな島々。
かすかな波音。
海上を爽やかに渡る風。
停泊中の船も実にのんびりしている。
僕は今来た階段を戻ると、
丘に立ってもう一度海を見つめた。
その時、不意に風が吹いた。
風は僕の忘れかけた記憶を一気に呼び覚ました。
自分の人生で一番幸せだと感じた日々。
そのハワイの風。
あの時と同じ風だった。
僕は居ても立っても居られず、すぐにオバアに伝えた。
「僕、ここ買いますね!」
「はあ? アンタ何考えているの!?」
オバアは心底驚いて云った。
「ここが気に入りました」
「気に入ってくれるのは嬉しいけど、よく考えてみたら?」
「大丈夫です!」
いや、何が大丈夫か僕も分からないけど...。
それから丁寧に説明をはじめた。
ずっと前から理想の場所を探し 求めていたことを。
この丘に吹く風の素晴らしさを。
オバアは何とか理解していた様でもあったが、
実際は半信半疑だ ったろう。
なんせ僕はこの古いおんぼろ宿を、
バリにある高級リゾ ートホテルの如く語っていたのだから。
オバアと別れて帰路につくと、
僕はずっと風について考えていた。
僕が探していたのは土地ではなく、風だった。
あの丘の上で吹いた うりずんの風が、
僕の好きだった頃のハワイの風のように感じたの だ。
僕は自分が何を求めて生きてきたのかハッキリと理解していた。
「あの風の吹く場所にホテルを建てよう」
そう決心した。
ここを僕がハッピーになったハワイのような場所 にしよう。
訪れる人々もみんなハッピーになる場所にしよう。
そう 思うと楽しくなった。
だから僕はその場所にアロハホテルと名付けた。
つづく