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12月 14, 2020の投稿を表示しています

Vol. 9「挫折の季節」

 Vol. 9「挫折の季節」 僕たちの吹奏楽部は県大会準優勝で幕を閉じた。九州大会出場が 当たり前だったから惨敗のようなもので、敗退の悔しさに加え部長 としての責任も重くのしかかった。発表後に控え室で音楽指導の先 生に怒鳴られるのを覚悟したが、先生は負けたことに関しては一言 も口にしなかった。先生のその優しさもあの時の僕には無言の重圧 にしか感じられず、部長として何かを言う訳でもなく俯いたままだ った。そして誰もが無言のまま会場をあとにした。沈黙が僕に終わ りを告げたのである。 大会後は部活動の無い穏やかでのんびりとした生活になったが、 日々、大事な何かをずっと忘れているような虚しさと苛立たしさに とらわれた。自分には部活しかなかったから、それ以外に何をして いいのか分からない。だからクラスメイトが楽しそうに下校する姿 をぼんやりと教室の窓から眺めていたことも幾度もあった。 敗北感が消えることはなかった。それどころか日増しに膨れ上が り、心を蝕み、何時でも何処でも僕にまとわりついてきた。照りつ ける日差しも次第に衰えて夏も過ぎていったが、寝苦しい日々はず っと続いた。 しばらくして僕は吹奏楽部にまた顔を出していた。後輩たちに音 楽を教えていたのである。部員たちと接することで自分の役割がま だあると感じていたかったのかも知れない。そして少しでもいいか ら音楽とつながっていたかったのだろう。 あの頃を振り返ってみると、僕の人生の中でも辛く暗い時代では あったけれど、決して悪いことばかりではなかったように思う。思 いつくままに良かったことを 3 つほどあげてみる。 ひとつ目は部活動の過酷な練習によって、チームワークの素晴ら しさを教えてくれたこと。部員たちは共に励まし合い切磋琢磨しな がら上達した。小さな喧嘩はあったけれど互いを認め合っていた。 そんな気持ちの者たちが最後まで残り、チームはより深く完成され ていった。 ふたつ目は調律を任されたこと。調律とは楽器の音を演奏前に調 整することで重要な役割だった。少しの訓練だけではなかなか出来 ない役目だろう。僕はたまたま耳が良く、普段から先生が調律する のを何気に観察しており、自然と先生の選ぶ音を理解するようにな っていた。楽器の音は、ホールの大小、温度や湿気によって随分と 違ってくる。調律が上手くいかないと演奏全体がダメにな