Vol. 2「うりずんの季節に」
山奥にある細く険しい坂道で僕は車を走らせていた。
やんばるの森は濃く深く、道の両脇には亜熱帯特有の木々が
鬱蒼と生い茂って いる。
道なき道を走り、車はガタガタと激しく揺れ、
車底にやたらと石がぶつかりゴリゴリと音をたてる。
知人から山を購入しないか と提案され、
とりあえず見るだけ見てみようと向かったが、
ここま で酷い山道とは思わなかった。
目的地まで本当に行けるかと次第に心配になってきたが、
その反面、この状況を楽しんでいる自分がいた。
山頂へ到着して周囲を確 認する前には、
僕はこの山を買うだろうと考えていた。
心が踊っていたのである。
この感覚は十年ほど前も味わったことがある。
2009 年、僕は那覇で働いていた。
独立して始めた事業が成功し、ようやく波に乗ってきた時期だったが、
心のどこかで平穏とは少し違う感覚も味わっていた。
街での多忙な生活もそれなりに楽しかっ たけれど、
言葉に出来ない違和感もあったのだと思う。
それが理由なのかは分からないけれど、
暇を見つけてはやんばるへ ドライブするようになっていた。
実際、街の喧騒から離れ、
やんばるの雄大な自然を眺めているだけで心が落ち着いた。
次第に毎週のように頻繁に出かけるようにな り、
そこに理想の場所があるような気がして不動産業の友人にも相 談していた。
うりずんの頃。
僕はいつもの様に北上し、あてもなく車を走らせた。
名護の町を越えると国道からそれて、羽地から橋を渡り、
奥武島という墓しかない死者の島を通り、
ふたたび橋に差し掛かると小さな島がみえた。
何度も足を運んだ北部だったが、
この島に入ったのは初めてだった。
屋我地島である。
どこまでも続くサトウキビ畑の一本道をだらだらと走っていると、
白い道の果てに真っ青な水平線が見えてきた。
沖縄の原風景を垣間見たようで、随分と懐かしい気持ちになれた。
この小さな島に惹かれはじめていると、
突然、不動産業の友人か ら電話が入った。
「マイクさん、ちょっと面白い土地を見つけましたよ」
「へえ、場所は何処なの?」
「屋我地島」
鳥肌が立った。
「詳しく話したいんで、あとで会えます?」
「いや、今、屋我地島」
「え...」
一瞬、間を置いて友人と笑った。
「それなら話が早い。いや早過ぎるけど」
彼はそう言って目的地を 教えてくれた。
今いる場所から2分もかからなかった。
通りの脇に小さな細い砂利道があり、
それを登れば目的の場所らしい。
僕はガタガタと車を揺らしながら、
小さな丘に向かう一本の 細い坂道を登った。
道の両脇には木々が鬱蒼と茂っており、
深い山 道に迷い込んだような感覚になったが、
心が落ち着いていくのも感 じていた。
「いい小道だな。それに丘の広さも十分だ。
僕が手をかけたらもっ と美しい場所になるんじゃないかな。買ってもいいかも...」
既に購入することを考えていたが、
しかしそれがどんなに無謀な考えかは商売をしている僕には痛いほど分かっていた。
「おい、マイク、こんな辺ぴな場所を買うなんてバカだぞ。
今すぐUターンして、そのまま那覇に戻るんだ。ビジネスが待っている」
そんな声が脳内で激しく響いたが、それはほんの一瞬だった。
「いやー、まいったな。楽しくなってきやがった...」
僕に迷いはなかった。心が踊っていたのである。
つづく